地方と都市に、看護の循環を。Nurse Link Kochi | ナースリンク高知

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代表紹介・これまでの歩み

幡多と高知から、
看護の力で地域を再生し、
日本の医療を元気にする。

株式会社 Nurse Link Kochi 代表取締役
竹林 高子Takako Takebayashi
  • 認定看護管理者
  • 医科学修士
  • 看護師

看護部長として20年にわたり医療経営と人材育成に携わる。
臨床・教育・経営を横断的に理解し、組織改革と看護の質向上を実現。
「看護の力が地域を救う」 という信念のもと、Nurse Link Kochi を設立。

主な経歴
社会医療法人近森会近森病院(臨床看護師)
高知県医師会看護専門学校(専任教員)
医療法人精華園海辺の杜ホスピタル(看護部長)
医療法人聖真会渭南病院(看護部長)

これからの医療に必要なのは
「質のシェア」

医療も暮らしも、“ひとつの場所に縛られる時代”は終わりました
多拠点・多キャリア・多つながり。人が行き来し、地域と都市が循環し、
スキルが流動する社会へと大きく舵が切られています。

従来の看護師紹介は、不足した人数をただ埋める “数合わせ” でした。
私たちがつくるのは、その次のステージ。

ジェネラリスト、スペシャリスト、
教育者、看護管理者の「質」を、
必要な場所へ、必要なときにLinkする

「Nurse Link Kochi」の事業概念図。多様な専門性を持つ看護師(ジェネラリスト、スペシャリスト等)の「質」を中心に集結させ、それを「必要な場所へ」「必要なときに」届ける仕組み。都市と地方の間で人とスキルが循環し、移住や定住に縛られず看護師の力を地域医療へシェアする「必要な質を届ける新しい仕組み」であることを図解している。

移住を強制せず、定住に縛られず、一人ひとりの看護師が持つ力を地域の医療へシェアすることで、地方は活力を取り戻し、都市は新たな役割を得る。
それは、看護を“点”から“循環”へ変える新しい働き方 そして、地域医療の未来をつなぐ、新しいシェアリングの形です。

Nurse Link Kochiは、看護師のキャリアと、地域の医療と、未来の希望をつなぐ“Linkの中心”として生まれます。

私は長年、看護現場と経営の両方に携わる中で、「看護の力が地域を支える」という確信を持つに至りました。 Nurse Link Kochi は、地域・行政・医療者が手を取り合い、持続可能な医療を築くための仕組みとして生まれます。
東京を拠点に、都会と地方をつなぐ“交流の橋”となり、看護師一人ひとりが自分らしく働きながら、地方医療に新しい風を届けられるように支援してまいります。私自身もまた、この挑戦を通して豊かに生き、その力を地域に還元していくことを約束いたします。

History これまでの歩み/自分史

  1. 第1章/誕生と幼少期

    • 1971年11月15日、高知県吾川郡いの町に生まれる。雪の降る日、長女として誕生。
    • 幼少期から正義感が強く、保育園の年長で女子をいじめるガキ大将に理路整然と立ち向かう。
    • 小学校入学前日、祖母がランドセルを枕にして潰してしまう。→ 祖母の「置いてあるのが悪い」という言葉に妙に納得し、6年間そのランドセルで通う「受容力と切り替え力」が形成される。
    • 小学校では学級委員長・班長を多数務める。女子の陰湿ないじめを正し続けた。
    • 書道は独学で県展常連。
    • 私立土佐女子中学受験に失敗するも、「仕方ない」と切り替え、公立制服をすぐに買いに行く。
  2. 第2章/中学時代:
    競争心とリーダーシップ

    • いの町立伊野中学校入学。
      受験失敗の悔しさから「クラス1位」を目指す。
    • バスケットボール部入部。
      先輩後輩の主従関係を無益と感じ、3年時に廃止。
    • 書道は相変わらず全展覧会で入賞。
    • 高校進学は、偏差値トップの追手前高校ではなく、あえて家に近い高知西高校を選択。
    • なぜか女子にモテる時代。バレンタインやハチマキ争奪、卒業式のボタンまで欲しがられる。
  3. 第3章/高校時代:
    平和な日々と進路の転換

    • 高知県立高知西高校へ進学(現・高知国際)。
    • バスケ部で2年夏からキャプテンを務める。
    • 毎日が平和すぎて大学受験をまったく意識せず、スポーツ中心の生活。
    • 書道も受賞を重ね、書道家の道を勧められる。
    • しかし高校3年秋、祖母に説得され「看護師の道」を選択。
    • 看護大学受験は全て不合格。
    • 准看護学校を担任に勧められ合格するが、住み込み勤務と後で知り焦る。
    • 急いで募集のあった町田病院を受験し合格。この時まで“准看と正看の違い”を誰も理解していなかった。
  4. 第4章/准看護学院時代:
    猛烈な努力と改革の芽

    • 高知県医師会准看護学院入学。
    • 「この学習量で命を預かるのは危険」と痛感し、主席で卒業する覚悟を決める。
    • 手順書の矛盾に気づき、次々に書き直して先輩に提出。
      → やがて「マニュアル改訂=自分の役目」になる。
    • 超ハードな1日(起床6時/清掃/通学/見習い勤務/自主学習)。
    • 目標通り主席で卒業し、県内トップの進学コースへ。
  5. 第5章/幡多看護学校:学びの黄金期

    • 高知県立幡多看護専門学校入学。幡多地域の温かさと文化に初めて触れる。
    • 書道を休み、国家試験模試全国10位以内を目指し最高6位。
    • 就職は国立医大に合格するが、救急ができないため、内緒で近森病院を受験し合格。
    • 内緒受験が祖母の怒りを買う。
    • そして 駆け落ち結婚。実家から勘当される。
  6. 第6章/近森病院:
    全身で救急医療に向き合う日々

    • ICU・整形・手術室・リハビリで救急医療に没頭。
    • 長女・長男・次女を授かる。
    • 産休後は「同期に遅れたくない」一心で猛働き。託児所併設の強みで授乳のため病棟と往復する生活。
    • ただただ仕事が楽しかった時代。
  7. 第7章/教員への転身と大学院へ

    • 高知県医師会准看護学院閉鎖を受け、新設された看護専門学校へ専任教員として招聘される。
    • “教えるための基礎教養不足”を痛感し学び続ける。

      日本福祉大学/放送大学
      産業カウンセラー/交流分析士
      高知大学大学院 修士課程

    • 教育師長として町田病院にスカウトされる
  8. 第8章/精神科看護と
    管理者としての成熟

    • 町田病院(教育師長)
      新人〜管理職教育プログラムを構築。
    • 海辺の杜ホスピタル(看護部長)
      精神科看護の奥深さに驚く日々。
    • 認定看護管理者コースを2年で修了し(通常は3年)、受験資格を得て合格。
    • 8年間で予想外の事件・事故に直面。
      → しかし学びのおかげで乗り越え、「建設的問題解決力」こそ管理者の必須能力だと確信する。
    • その頃、家庭でも壮絶な出来事が重なる

      夫の7年の癌闘病と寝たきり
      義父の自殺・借金問題
      義弟の蒸発
      自宅火災
      学費・不登校

    • 全てが限界に達し、沖縄へ片道切符 を手にして飛ぶ。
      → しかし海と空と人に救われ、生還。
  9. 第9章/渭南病院での11年間:
    創造へ

    実績
    訪問看護ステーション設立
    助産師外来開設
    産前産後の全戸訪問システム
    自殺対策システム
    難病支援システム
    セルフケアプランセンター
    コロナ病棟・宿泊療養施設開設
    看護師・介護士ラダーと人事考課
    外国人技能実習生・特定技能受け入れ
    病棟再編
    社会福祉法人・介護医療院・NPO法人の吸収合併
    • 夫の死亡後、3人の子供の大学授業料を一人で払う苦労の日々。 -そんな3人も立派に社会人となる。
    • そして、過疎限界値にある地域に医療の灯を守り続ける決意で起業。
      「医療は町づくり」という強い哲学を確立。

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